透明度65%

誰もいなくなるまで ここにいるよ

ミート グッバイ、セイ ハロー

人の金で食う肉は美味いのか?

金の出どころに関わらず、肉は美味い。

そんなの決まってらぁ。

 

でも人に奢ってもらうのって結構疲れない?下に回った振る舞いとか。奢り手に凄く気をつかうとか。100回ぐらい ありがとうございます が必要とか。そんなことサラサラ思ってないだろうし、もちろんごはんも美味しいけれど、心底の満点美味い!は出てこない。牛脂をペタペタするのとキムチをつつくので精一杯だ。

気心知れた人や、どうせ領収書でしょのパターンは全く反対。凄く気が楽。ヘラヘラしながら特上◯◯を注文してやればいい。ボクらの間に遠慮は不要、失礼にあたるってやつだ。それでも八分美味い!ぐらいじゃないか。

 

やっぱり自分で稼いだお金で食べる肉の方が、なんだか美味しく感じられる。そんなことを、最近ふと思うようになった。自分のお金。自分の時間。何の遠慮もいらない。好き放題やっちゃっていい。お腹も心も満たされる。これこそ求めていた満点美味い!だ。

こんな幸せ、多くは訪れない。

 

 

ここで終わりにしようと思ったが、ひとつ気づいた。

自分のお金で欲を満たす 幸せ がとても素晴らしいことは分かった。しかしこれが、他人の欲を私のお金で満たしてあげる、すなわち 奢る に幸せを感じてしまう可能性があるのではないか。ないか!!

なるほど、くたびれたおじさま達は執拗にご飯へ誘ってくるわけだ。そういう幸せの形もありだろう。もちろん全部へ当てはまるわけではない。満点相乗美味い!もありえるわけだし。心の距離感を図るってのが重要なのかな。歳を重ね岐路に立っているあなた、共に頑張ろう。

 

 

でもその奢り、あなたへのサービス料金だいぶ下回っちゃってるかもよ。

 

 

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