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誰もいなくなるまで ここにいるよ

ボクと指原莉乃

あるテレビ番組で指原莉乃氏が、こういう男・女は許せないと語っていた。誇張している部分もあるだろうが、「分かる〜」と、さも自分も前から気付いていたかのように共感してしまった。それに加えて、『そんなやつは大抵◯◯だ』と言う彼女特有の妄想貶しが、根暗な自分には刺さる。見えない敵を作って(決して自分は違うと思い込み)、大量生産人間を罵倒するスタイル、有吉やマツコデラックス、オードリー若林みたいな、見ていてどこかホッとする振る舞いだ。とにかく、面白かった。

 

面白いを感じた後には(又は最中)、共感を求めてtwitter等インターネットの旅に出る。孤独な人間の心を埋める、SNS時代必須のメソッドだ。「指原マジ草生える」とか「さっしーwww」とかチープなコメントで構わない。共感を求めているだけだから。

 

しかし、賛否の否が8割程度を占める場合がある。上記指原氏の番組もこのパターンだった。様々な負の感想が目に留まる。なぜだ?面白かったじゃないか。うまく伝わってない人たちなのかな?でも、いや、たしかに。あれはただの悪口かも。誰もが思っているけど、ただ言わないだけのことでは?独自の目線でもない?浅い?あれ?大量生産人間は私なのか?

 

なんてこと、良くある。心の芯がぶれぶれの私にとって、特に珍しい事ではない。映画だって、そう。小説だって、そう。ゲームだって、そう。テレビ番組や漫才さえも。あんなにワクワクしていたのに、急な冷風が吹き荒れる。否だらけじゃん。自分しか賛担当いないの?

あれって、本当に面白かったのだろうか?

 

ネット上の感想なんて、

見なきゃいいじゃん。そんなの分かってる。

気にしなきゃいいじゃん。そんなの分かってる。

自分のことでもないのに、全く関係ないのに、みんながどう思ってるのか気になる病を患っているのだ。それもポジティブな評価を求めて。そして世界中の共感を求めて。私のSNS検索旅行はまだまだ続くだろう。

 

でもきっと世界が10割マンキン褒め感想で溢れかえったとしたら、それはそれで嫌気がさすはずだ。結局ぐずぐずとくだを巻いているのだろう。そうだけど、そうじゃない。共感したいと言えど、求めている確かな答えなんてないのだから。めんどくさい?わかってる。わかるでしょ?めんどくさいひねくれ人間はこうでなくちゃ。確からしさなんて必要ないのだから。

 

あ〜こんな人間許せないって指原莉乃に罵倒されたい。

 

 

 

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